生き様
2025年 01月 30日
毎日あっと驚くようなニュースが報道されています。
昨日は、埼玉県八潮の道路陥没。道路がいきなり陥没しトラックの運転手がまだ救助されていません。
気になってニュースを見ています。無事に救出されますように。
****************************
近所に住む知的障害の息子さんとお母さん。
お母さんはいつも少し離れて後ろから歩いています。「後ろから見守っていますよ。安心して歩いてね」と伝わってきます。
何十年もその姿をみかけて来たのに、そういえば最近お見かけしないなと思っていました。
先日、ひょんなことから「最近お見かけしないのよ」と親しい友人に話したら、お母さんは癌でなくなったそうです。
具合が悪くて病院へ診察に行った1ヶ月後のことだそうで、息子さんはどうしたのか気になりました。
そうしたら、病院へ行く少し前に友人に連絡があり、とってもいい施設が見つかったのでそちらに入所できたと喜んでいたそうです。
入所後まもなく亡くなりましたが、息子をひとりにしない心がとても良い施設を運んでくれたような気がしてなりません。
自分の頭が考えることは、いろいろな情報や経験や知識がじゃまをすることがあります。
自我が今のように発達する以前は、たとえば「バカヴァッド・ギーター」を読んでもそうですが、
神様が道案内をしています。
ジュリアン・ジェインズは「神々の沈黙」の中で、人の意識の起源の研究を進めるにつれ、意識は言葉に深く根ざしているため、人が言語能力を持たない段階では意識はなかったことに気づきました。
言語空間は主に自分=肉体という意識で生まれ、他者から見られている意識を作り出し、他者視点の中で自分を捉えます。(鏡にうつる私 後ろの空間)
知覚空間は見たまんま=心であり(前の空間)、内心の声の源(神)(CFT空間?)とそれを聞いている自分がいて、自我が目覚めていない時代は二分心だったようです。
母子の話に戻りますが、自分の死後はこの子はどうなるのだろう?という心配はあったにしても、ふたりで歩く様は、今一緒に歩くことだけを楽しんでいるようにも見えました。心が幾重にも重なり合った空間は、心配しなくてもその時が来たらよい出来事を作り出してくれることを教えてもらいました。
行為は量より質。
質は自他の心の重なりなのだろう。
今でも母子の歩く姿が焼き付いていて思い出します。
お母さんの意識は、きっと今でも息子さんの後ろから見守っているのだろうな。
役所広司さん主演の「パーフェクトデイズ」の中で一番好きなセリフです。
「今は今」
「いつかはいつか」
もうすぐ立春です。

by kisan35
| 2025-01-30 10:58
| シニアライフ

