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生きている死者

このところ、家の中を少しづつ整理しています。
きれいに整理整頓すると気持ちがいいですが、いつまで保てるのかなあ〜。
引き出しの中をかたずけていたら、古い新聞の切り抜きが出てきました。
しわしわになっているので、そのまま捨ててしまうところ、
ちょっと読んでみたら記憶に残したい文章でしたので、ここに書き留めます。
〜2013年5月18日東京新聞〜
「生きている死者」若松英輔 下 
副題 記憶を新たにする涙  
   寄り添って生者を守護

優れた思想家たちは、死を語るに慎み深く、死者を語るに率直だった。
彼らは死はわが事としては知りえず、死とはいつも他者の死であり、語り得るのは死者であることを教えてくれる。
柳宗悦もそうした人物の一人である。柳は妹の死に際してこう書いた。
「悲しみにおいて妹に逢い得るならば、せめても私は悲しみを傍ら近くに呼ぼう」
彼にとって「悲しみ」は、単に嘆きを生きるものではなく、強く、またはっきりと亡き妹を感じる契機だった。
悲しみにおいて死者と出会うことができるのであれば、悲しみを近くに引き寄せたいというのである。
 愛する人を喪い、嘆き、悲しむ。だが、そのとき私たちは同時に、亡き人を近くに感じているのではないか。
悲しいのは、相手が永遠に消え去ったからではなく、傍らにいるように感じられるにもかかわらず、その姿が見えず、この手に触れえないからではないだろうか。
(中略)
妹を失った2年後、1923年、関東大震災の2ヶ月後、柳は「死と悲しみに就いて」と題する一文を書いている。
このときも彼は、悲しみが死者への窓であると書いた。《涙こそは記憶を新たにしてくれる。悲しさに於いて、此世の魂と彼世の魂が逢うのである。死は苦しい出来事である。だが自然は不思議にも悲しみの心を私たちに与えることによって、此世の苦しさを慰めてくれる」
 悲しみ、泣く。悲しみが深まる、すると人は、悲しみの中にいるが、涙は出なくなる。頰に「不可視な涙」が伝わっている、そう感じたことはないだろうか。柳はそうした「涙」の秘儀にふれ、「涙」こそが「記憶」を新たにする、という。
 ここでの「記憶」とは、生者の心にある死者に関する記憶ではない。死者は生者の記憶の中にあるのではない。
それならば死者はいつか消えゆく概念にすぎない。柳はいう「記憶」とは、いわば永遠の記憶であり、けっして過ぎ去らない。時間は過ぎる。しかし「時」は過ぎ去らない。時間はどこまでもまっすぐに伸びるが、「時」は違う。それは無限大の球体をなすように円環する。悲しみは、私たちを「時間」の枠から解放し、「時」の世界へと導く。
 「時」の世界では「沈黙」が言葉である。沈黙が作り出す世界は、暗黒の時空などではない。むしろ、その場所は、さまざまな現象が「コトバ」であることを教えてくれる。ある詩人は「青い悲しみ」と歌う。色もまた、沈黙の意味を持つ。ときにそれは、形であり、または風の揺らぎ、一条の光であるかもしれない。死者の訪れはいつも、言葉を超えた、彼方の「コトバ」によって告げられる。死者のもっとも強く、また、はっきりした「呼びかけ」を、私たちは「悲しみ」と感じているのではないだろうか。
 死別は悲しく、耐え難い。だが、別れを経験し、涙が枯れるほどに悲しまなくてはならないほどに人を思う人生は、やはり意義深い。死者はどこにも過ぎ去らない。いつも私たちの傍らにいる。死者にとって、生者を守護することは、比すべきものなき誇り高い使命である。深い悲しみに枯れ果てた「不可視な涙」は、寄り添う死者たちへのもっとも高貴な捧げ物と変じている。

ここまで

会社のことで、ここ数週間考えることがあり、
ひさしぶりに今は使っていない事務所へ行きました。
父が生きていた時使っていた部屋で、「生きていたらどういう選択をしますか?」と問い、
しばらくぼーとして自宅へ戻りました。
その後、はっきりと選択する道が見えてきました。迷いが消えました。

その翌日、この新聞の切り抜きを見つけたので、心に響き、
そう、本当にここに書かれている通り。父は私の記憶の中にあるのではなく、常にありつづけている、
寄り添ってくれている。ピンチの時は、言葉を超えた彼方の「コトバ」、香りが漂う。
見えないし、話しかけてくれないけれど、寄り添ってくれている感覚。

この文章で慰められ、共感し、生きている死者〜そう感じる人も多いと思う。

記憶とは生きている人の脳の中にあるのではなく、永遠の時。
その人を構成していると言ってもいいと思う。悲しみが死者への窓であるのなら、嬉しい。

by kisan35 | 2017-01-28 10:33 | ヒーリング・精神世界

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